DREAM MAGAZINE

エンケン旅行記

文・曽我部恵一
7月3日
「DJはエンケンでお送りします」

神戸から京都まで車で移動。
朝、フラフラとロビーに下りて来ると、もうエンケンさんが待っていた。いっぺんに目が覚める。
「6時までやってたんだって?」笑いながらエンケンさんが言う。あたらしい一日が始まる。さわやかな気持ちではない。どちらかというと重苦しいかも。。。

車に乗って京都へと向かう旅団。運転はハヤケンさん、助手席にエンケンさん。後部座席にぼくとケニーと関端さん。車中には様々なおやつとお喋り。
「どれか聴きたいCDがあったら言ってね」。助手席からエンケンさんがぼくとケニーにCDバッグを手渡す。ぼくらはCDバッグをのぞき込む。ふたりとも初めて足を踏み入れる中古盤屋を目の前にした気分で。・・・・こまどり姉妹・・・ハプニングス・フォー・・・殿様キングス・・・クレイジーキャッツ・・・矢吹 健・・・フォーリーブス・・・・。こんなレコ屋があったらほんとにぶっ飛んじゃうだろうな!
それではDJエンケン選曲による本日の1曲目をお聴きください。殿様キングスで「ケイコのマンボ」(人妻との許されぬ恋を、完全に重みを排除して無責任に描いたパンチのある曲)。すごいねー、とか言いながらサビをみんなで合唱。「ケイコのマンボ ケイコーのマンボ ケイコーのマンボー」。
2曲目は「スーダラ節」。ぼくはそれを聴きながら眠りの園へと歩き入る。「すぃーすぃーすぃーすぃーーー・・・・」。

京都について、ホテルのレストラン(庭園が見えて、白鳥がいる!)でオムライスを食べた。

拾得 雨

初めて訪れる京都・拾得。古い蔵を改造した老舗中の老舗のライブハウス。荘厳なオーラが人なつっこさと混ざりあった、京都にしかありえない素敵な店だ。

拾得の畳席に座り、ギターの弦を替える。雨が降っているからだろうか、店内にしっとりした空気が満ちている。
ぼくは張り終えたばかりの弦を爪弾く。まわりの空気がそっと震える。今日はギターの音がいいぞ、その瞬間にぼくには分かる。アコースティック・ギターってやつは、その日の温度・湿度・建物の材質などによって、ころころと表情を変える。猫みたいなやつだ。

リハーサル。軽く目を閉じてギターを弾く。単純なアルペジオの繰り返しが蔵の壁に響き、すっとこちらに戻ってくる。素敵な鳴りだ。ぽろぽろとギターを弾きながら考える。今日は全然違う選曲でいこう、と。

そして今夜もコンサートがはじまる。
アルバム『sketch of shimokitazawa』の導入曲「かげろう」。雨が降り続く下北沢のある一日を歌ったこの曲。霧雨のなか、今夜は京都にもかげろうが舞うように。
「あじさい」、「ラブレター」と雨の日の歌を中心に・・・。

こんなふうに始まった蔵でのライブは、曲が進むごとに不思議な緊張感をみんなが分かち合ってるような、妙にあたたかいものになった。えも言われぬ湿度のせいもあるだろう。
最後の曲を歌い終え、大きな拍手が続くなか、ぼくは「やったぞ」と思う。

斜めうしろからのヒーロー

ステージを終え、蔵の屋根裏を利用した楽屋に戻る。エンケンさんがぼくに「良かったよ」と声をかけてくれる。「良かったでしょー!!」と言いたいが、なぜか唇に乗ったのは「ありがとうございます」という言葉だった。

今夜はちょっとはましな気分でエンケンのライブを見るぼくだった。ステージの斜めうしろ、物販コーナーにつま先立って。

「夜汽車のブルース」。夕べより断然激しく演奏されているように感じる。もしかしたらぼくのライブがエンケンに火をつけたのではないかと、自惚れたりする。今夜も暗闇を切り裂きお化け機関車が走る。どこまでも、どこまでも。この暗闇を抜けるまで、どこまでもどこまでも・・・。

「地球上の音楽をぜんぶ自分のものにしてやろうと思ってる。
クラシックでもジャズでもロックでもフォークでも何でも聴きます。いいものは何でも聴きます。小説でも映画でも、いいものは何でも好きです」
ステージでそんなことを喋ったエンケンさん。ぼくはその遺伝子を受け継いでいる。

そして「おでこにキッス」を弾き始める。女の子たちの瞳がうるむ。
エンケンは夕べ、「曽我部くんのファンの女の子たちをとってやろうと思って今日はやりました!」と言っていた。エンケンのことを知らなかった女の子たちがぞろっとエンケンにとられていくのは、はっきり言ってシャクである。明日こそは阻止せねば。そしてエンケンのファンをオレもとってやるのだ!だが、どうやって?!

「雨の日だから・・・」と言って始めたのは「雨上がりのビル街」。古い蔵のなか宇宙が渦巻きはじめたら、ぼくのアタマもくらくらしはじめる。そして「満足できるかな」
お客さんたちもトランスに近づきはじめた。

アンコール 〜 二人の売り子

大喝采のなか、アンコールに応え「若者たち」と「踊ろよベイビー」をふたりで歌う。今夜、エンケンさんはすっごく楽しそう!
エンケンさんが「若者たち」を指してこう言ってくれた。
「この曲をやってると途中で泣きそうになるんだよね。だから年齢は関係ないんだよ、この『若さをもてあそび・・・』ってところは」。
この日は2曲で下がってもまだアンコールが鳴り止まず、ふたりで出て行ってちょっとお喋りをした。
最高の気分だった。果たして勝敗やいかに?というかそんなものはどうでもいい、ただ「おつかれさま」と。これが最良の対決の結果なのだろうか。分からない。

終演後、ぼくが物販コーナーに立ってCDやらT-シャツやらを売っていると、楽屋から降りてきたエンケンさんがぼくの隣に並ぶ。「もしや」と思うが、やはり自ら物販をするようだ。きわめて珍しい光景。エンケンさんが自分のCDをお客さんにすすめている。「サインしますよー」なんて言っている。ぼくはとっても楽しくなる。
エンケンさんは自分のCDを買っていく人たちみんなに、「末永く聴いてください」と声をかけていた。
ぼくらはそうやってサインしたり握手したりしながら、1時間ほども過ごした。
この夜は深夜になってやっとみんなで食事。めちゃ美味いお好み焼きを食べた。

7月3日 大阪 十三 雨

3日目ともなると、しんどい。普段なら3連チャンなんて全然平気のはずだが・・・。やはり精神的緊張から来る疲れだろうか。実は自分がどんな精神状態なのかもよく把握できてはいないのだ。

“ファンダンゴ”でのリハーサルを終え、ずっと隣の立体駐車場に止めた車のなかで仮眠をとる。十三の街からずっと演歌が聴こえてくる。雨降りのなかやさしいリバーブを身にまとい、それはもうアンビエント・ミュージックである。深く重い眠りに落ちて行く。

もうすぐ最後のステージ。ファンダンゴは楽屋が別のフロアにあって、ライブの音はほとんど聴こえない。今日はエンケンさんに聴こえないぞ、とか考える。
どのみち今夜が最後。よし!と「ジュークボックス・ブルース」を歌いながら飛び出した。

この日リハーサルで、ぼくはエンケンさんのギターの写真を撮った。エンケンさんのギター、どのギターも何十年も激しく弾き込まれて表面は削れ、ものすごい鳴りになっているアコースティック・ギターたち。
ある一本は穴があきそうで、ばんそうこうのようにテープを貼られている。満身創痍の老兵のよう。しかし誰も彼にかなわない。
ぼくのマーチンは去年のツアー中に買ったばかり。新品を買ったから、まだ一年目の新米だ。これを30年弾き込むとなると、ぼくはそのとき64歳になっている。今のエンケンさんよりも歳上だ。そのときぼくのマーチンはどんなふうに鳴っているだろうか。そしてぼくはどんなふうに歌ってるだろうか。

この夜のステージでぼくはエンケンさんから教わった(と勝手に思ってる)ことなんかを喋った。そう、ここにずらずらと書いてきたようなことをだ。
お客さんに向かって喋ってはいたが、それはどうにも独り言のような。
「きみの愛だけがぼくのをこわす」。エンケンさんが言ってくれた「ただきみのこと好きだよ、って気持ちで歌えばいいんだよ・・・」という言葉から作った曲。ぼくはきみのこと好きだよ。きみはぼくのことが好きかい?なんにも考えないように、ただ歌う。
そして「おとなになんかならないで」。ぼくのBABY。ぼくのBABY。心をこめてというより、ただただ無心に歌ってみる。歌が自分からなにかを引き出してくれるのを待ちながら。
この夜、ぼくはすごく気持ちよかった。

史上最長寿のロックンローラー

人生の喜怒哀楽・悲喜交々ぶちこんだ、魑魅魍魎が跋扈し老若男女が乱舞する一大宇宙絵巻「史上最長寿のロックンローラー」で幕を開ける、エンケンこのツアー最後のライブ。この歌の登場人物すべてがエンケンである。
ひたすらギターをかき鳴らし続けるエンケンを、ファンダンゴのフロアーのいちばん後ろから見つめ続けた。

このルポを書いているのは8月20日。3日前にぼくはエンケンさんの映画『不滅の男−エンケンvs日本武道館−』の試写を観に行った。

エンケンさんがお客をひとりも入れていない武道館で、ひとりっきりでライブをやる。ただそれだけの映画。演奏以外のものはほとんどと言っていいほどなにもない。しかし、それだけのなかに、生きるということや、愛するということや、死ぬということや、喜びや悲しみや、そして音楽のすべてがあった。
一所懸命に(言葉のとおり“一所懸命に”)何事かに魂を向ける、その美しさに涙が止まらなかった。

この日ぼくは試写にハルコを連れて行った。幼稚園が夏休みだからいろんなところへ連れ歩いているのだ。そして『不滅の男』は、彼女が初めて最初から最後まで観た記念すべき映画になった。『ニモ』を観に行ったときでさえ、後半暴れはじめたハルコである。
試写室からの帰り道、彼女に尋ねてみた。
「おもしろかった?」
「おもしろかったよ」
「どこが?」
「うーん・・・・わかんない」
「どんなとこがすきだったの?」
「おかおとか」

エンケンさんはツアーの後日、ぼくに「音楽が自分にとっての宗教だ」と言った。

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