DREAM MAGAZINE

エンケン旅行記

文・曽我部恵一
おわり。または、はじまり

2005年夏、東京。
ぼくの手元には一冊の小さなリングノートがある。茶色の表紙には“coffee break ” という文字が横線で消され、その下にボールペンで”エンケン旅行記"と書かれている。

2005年7月2日から4日までの三日間、ぼくは遠藤賢司といっしょに旅をした。「純音楽の友」という名のツアー。関西の三都市を弾き語り対決というかたちで廻った。出演は遠藤賢司と曽我部恵一。
その三日間はしかしぼくにとって三年間くらいの濃密さだった。
あれから一ヶ月がたった。そしてその旅はもう昔読んだ冒険談のように記憶の彼方で輝こうとしている。
だから今日、ぼくはもういちどノートを開き、三日間のぼくの旅のことを書き留めておこうと思う。
この純音楽の旅を忘れないために。
その旅が終わってすぐ、ぼくにはふたりめの娘が生まれた。
この高揚して風に乗り舞い上がる瞬間のなかに、なにかを掴むために。

さあはじめよう。

7月2日 神戸 雨

新幹線のぞみに乗ったぼくらは、15時に神戸に到着した。大塚謙一郎が東京からぼくに同行した。彼はダブルオー・テレサのベーシスト/曽我部恵一バンドのベーシスト/ぼくが主宰するROSE RECORDSのスタッフでもある。あだ名は“ケニー”という。今回のツアーのひと月ほど前、彼は「オレもついて行っていいっすかねえ?」と、ニコニコしながらぼくに言ってきた。ケニーの嗅覚は犬とさほど変わらない。すぐにこの旅から匂い立つオーラを嗅ぎ取ったのだ。

今回の旅は、神戸のライブハウス“バックビート”からエンケンさんとぼくが同時に招聘されたことに端を発している。どうせ行くなら関西で三箇所くらいやってツアーにしようよとエンケンさんのほうから提案され、神戸〜京都〜大阪とトントン拍子に日程も決まった。ぼくは嬉しかった。

エンケンさんはもうずいぶん前からぼくにとってとても大きな存在だ。それはなんというか、星と言うか、師と言うか。無心になって音楽に向かおうとするとき、いつも心の中に彼の存在がある。なぜだかは解らない。それは年々輝きを増し、ぼくの日々の指標のようにいつも道を照らす。だから今回の旅はずっとメモを取りながら行こうと思っていた。たくさんのことを書き留めておこう、と。

ぼくはバックビートの向かいのコンビニでノートとボールペンを買った。そしてライブハウスに戻り表紙に「エンケン旅行記」と書き込んだ。

バックビートのなかではアコースティックギターの音が響いている。音の主はエンケンさんではなくハヤケンさんというエンケンさんのローディー。D-35、ヤマハFGとエンケンさんのアコースティックギターを順々に試し弾きしていく。「エンケン、最近はステージでドラムを叩くのが気に入ってるの」とマネージャーの関端さんが言ってた。ステージの下手にはドラムセットが置かれている。そのシンバルの高さと言ったら!

15時30分、エンケンが会場に入る。ホテルから歩いてくる途中、道に迷って時間がかかってしまった、と。唐草模様の長袖Tシャツにいつもの迷彩のパンツ。まっすぐぼくをみて「よろしくね」と声をかけてくれる。エンケンさんのこの「よろしくね」が大好きだ。そこには先輩が後輩に言うような「よろしくね」でもなく、がんばってくれよという意味の「よろしくね」でもなく、または単なる挨拶としての「よろしくね」とも違う、すごく自然で言葉のまんまの美しくも素朴な「よろしくね」がある。可愛らしいのだ。同じフィーリングを、エンケンが「ほんとだよ」とうたうときにも感じる。もちろん「ぼくはきみのこと好きだよ」ってうたうときにも。

エンケンさんのリハーサルが始まる。エンケンさんはいつもこれでもかというくらい綿密にリハーサルを行う。初めてエンケンさんのリハーサルに同席させてもらったのは1997年の大阪バナナホール。エンケン生誕50周年記念のライブにゲストとして誘われたときだ。リハーサルとはここまで微に入り細に入りやるものなのかと驚きはしたが、このころぼくはまだなぜエンケンがここまでリハーサルをじっくりやるのか、その意味は分かってなかったと思う。ただ、すごいなと思ったくらいだった。もちろん今では、このことについて自分なりの解答が出てはいるが。

エンケンさんがグレッチのエレキを手に爆音を出し始めたころ、ぼくはエンケンさんが以前ぼくに言ってくれた「いつだって、きみのこと好きだよ、って気持ちだけでうたえばいいんだよ」という言葉を思い出していた。
エンケンさんみたいにずっと変わらない声でうたうにはどうしたらいいんですか、というようなぼくの質問に対して彼が返してくれた言葉だった。それからずっと、ぼくはこの言葉と追いかけっこしながらうたっている。

ステージではエンケンがグレッチの弦をかきむしっている。最大までボリュームが上げられた2台のアンプが断末魔の悲鳴を上げる。轟音のなかの轟音。ノイズのなかのノイズ。そしてそのままギターを持ってドラムセットの前に座る。まるで巨大な和太鼓をひっぱたくようにドラムを叩きまくる。そしてその合間にまたギターの弦を引っ掻く。会場には想像を絶する爆音が響き、まるで原始時代の恐竜どうしの戦いのようで、その音のなかに鎮座するエンケンは本当に怒ってしまった大魔神の様だった。

ぼくはふらふらと戦意を喪失してしまいそうになる。エンケンがよく口にする「対決」という言葉。それがノイズに満たされたぼくの頭の中を蝶のようにひらひらと舞う。

本番(または対決)

19時過ぎ。いつ出てもいいですよ、とスタッフ。ぼくはもう少し舞台の袖でいたいと思っている。そしてそのまま時が過ぎ去ってくれればなぁ・・・。

ぼくは、もうどうなってもいいや!という気分で舞台へと出た。「対決」という言葉はまだぼくの脳裏を舞っている。エンケンが聴いている、という恐怖心がぼくの舌に絡みつく。

果たしてぼくは、屈辱的敗北感に包まれてステージを降りた。無我夢中でがむしゃらにやったが、繰り出したパンチはほとんど的外れだった、そんな無惨なボクシングの試合のよう。

エンケンの演奏が始まり、ぼくは袖からそれを見る。「ほんとだよ」がていねいにていねいに奏でられる。はっきりと「負け」ということ。もしこれが「対決」で「勝敗」があるとするならば。
「ほんとだよ」は20代のエンケンさんがギターを持って初めて作った曲。エンケンの大宇宙を目の前に脱力しよう!

これまでぼくは、音楽はボクシングやサッカーとは違うんだと考えていた。勝ち負けで左右される勝負の世界とはちょっと違うんだから、と。ボクシングを観戦していて興奮してしまうときも、まさか自分がリング上に立つことはないという前提のもとのヒーローへの眼差しだった。でも、今まさに自分がそんな場所に立っている。それを知る恐怖感。そして敗北につきまとうある種の爽快感。

2曲を歌い終えたところでエンケンがぽつぽつと喋り始める。

「よく音楽になんか意味を持たせようとしているものがものすごく多くて。それがすごく嫌で。
俺は音楽なんて意味なんてなくていいと思っていて。
意味は人それぞれが自分の頭ん中で考えればいいんだ。

曽我部くんもさっき言ってたけど、「君が好きなんだよ。」って歌う。
君が好きだってことは、僕も好きだってこと。
自分自身も好きだってことも含めて君が好きなんだよって歌うことが、物作りの根本だと思う。

それはなんか絵でも小説でもいっしょ。
高いところから見下ろした小説なんかつまんないし、知識をただひけらかしただけの小説も歌もたくさんあるけど。俺はまず俺が好きで、だから俺の痛みがわかるから君が好きなんだよっていう歌がすごい好きで、それしか根本にないんだよね。

それが最近ではスケールアップして、宇宙のことを歌っているから彼はいいね、とか。宇宙ってのはここも宇宙だし、向こうの方の例えば金星に生物がいたらそいつらにとってもそこは宇宙なんだよね。果てしのないそういう論理は止めた方がいいと思うんだよな。UFOはいつでも正義の味方だって言ってる人は、それはそれで一つのSFとして楽しいけど、一つの物体を作った時には絶対にそいつにとって損得が出てくるから、そこには権力抗争がつきまとうからね。

だからいい奴も悪い奴も「自分にとっていい奴か」、「向こうにとって俺がいい奴か悪い奴か」、それしかないと思うんだ。
それは宇宙行ってもどこ行っても。

宇宙は+と−で出来ているから、+と−はその引き合う引力で出来ているわけだから、それさえしっかりとしていればいい。ふらふらふらふらと、その+と−の境界線をみんな一人一人彷徨って必死に生きているということだと思うんだ。そういうことだと思うんだ。

よく学生運動やってた人なんかが時々、「俺達の時代はどうのこうの・・・俺達がしっかりしなかったから・・・」とか言うけど、俺そういうの余計なお世話だと思うんだよな。みんな必死に生きてるんだよ。何十年も前から。

まず俺が自分のことをちゃんと歌えなかったら、政治的にも何にも基礎は成り立たないと思うんだ。
自分自身のことをちゃんとあなたに伝える。それが一番の本当の民主主義の根本だと思っています。
俺の学生の頃は学生運動が盛んだったんだけど、一つのことを大勢でやるよりも俺は絶対一人でいろんなことをやりたいんだよね。それでずっとやってきたんだよね。俺はそれが正しいなと思っています。だから曽我部くんはいつも自分のことをきちっとやってるから僕は好きです。なんか見てると俺もああいう感じでやってた時もあったんだよなあと思う時があって、かわいいなあと僕は思います(笑)。

「かわいいなあ」っていうのはバカにしてるんじゃないよ。その「かわいいなあ」というのは宇宙を動かす根源力だと思ってる。「かわいいなあ」と、何とか俺のものにしたいなあとか、「かわいいなあ」触ってあげたいなあっていうのが、それがあなたのために歌う根源なんだけどね。」

そしてぽつぽつと「おでこにキッス」を歌い始める。

真夜中にきみが泣いて目を覚ます。
ぼくが遠くに行く夢を見たという。
だいじょうぶだよ、ぼくはここにいるよ。ずっとずっといっしょだよ。

やわらかーい「おでこにキッス」を聴きながら、ぼくはとても自然に涙がぽろりと。ぼくらが確実に持っている強い優しさが歌われている。

カレーライス、のちディスコ

ライブが終わったあと、大阪のDJのともだちふたりがぼくらみんなにカレーを振舞ってくれるというので、すこし郊外のカフェへ。
みんなは静かにカレーを待つ。
しばらくするとカレーライスが運ばれてくる。それはあたたかくてマイルドなカレーで、とってもおいしかった。
エンケンさんも気に入ったようで、おかわりはないのと聞いた。
あっと言う間にそのカレーはこの世から消え、宇宙の藻屑となった。
エンケンさんはカレーを作ってくれた友だちに、美味しかったよありがとうと声をかけ、今夜は早く寝たいからとみんなに優しく声をかけながら帰って行った。

残された一団。深夜一時。ぼくもケニーもどこか満たされないまま、グラスに入ったものに口をつける。ジュースやら焼酎やらウイスキーやら。
そのうち誰かが言う。もしかしたらそれはぼくだったかもしれないけど。「DJやってー」。そうDJが何人かいるのだから。カフェの隅にはDJブース。そしてみっしりと詰まったレコード棚。
そんなわけでぼくらは朝の6時まで踊っていた。

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