| DREAM MAGAZINE #8 page2/3 | |
| 10年目の『東京』 東京コンサートにまつわるあれこれ |
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| インタビュー/構成:大久保和則 | |
『東京』の誕生そんなふうに曽我部の東京生活が変化していく中で、『東京』のレコーディングはスタートした。スタート当初は、タイトルはもちろん、特にコンセプトらしきものもないままでの作業がつづいていったという。 「最初は、『若者たち』を越える作品を作りたい、作らなきゃっていう意思と、本当に作れるのかっていう不安の両方があった。そんな状態のときにできたのが、『恋におちたら』(*7)なんだよね。そのときのことは、いまでもよく覚えてる。昼すぎに起きたら、カーテンから光が差し込んできてて、窓を開けたらすごく天気がよくってさ。曲ができるときっていうのは、自分でわかるものなんだけど、その日はまさにそうだった。だから、『この感じを逃したくない。なんとか完成させなきゃ』って思って、夕方までかけて完成させて」 ソロになったいまでもライヴで歌われる「恋におちたら」は、こんなふうにして誕生した。この曲が生まれたことをきっかけに、それまで漠然としていたセカンド・アルバムのイメージは、くっきりとした像を結びはじめる。 |
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「『恋におちたら』ができたとき、『この曲の世界観だけで、アルバムを作りたい!』って、すぐに思ったんだよね。『恋におちたら』は、好きな人に逢いに行くために自分の部屋を出て、好きな街を歩いている道すがらの、ほんの3分ぐらいの気持ちを歌った曲なんだけど、そうした瞬間を切り取った曲だけでアルバムを作りたいなって。ライヴをするために、10年ぶりに聴き返したんだけど、見事に全部の曲が同じテーマだった(笑)。ホント、同じことばっかり、歌ってる。そのころは、とにかく『恋におちたら』の感覚が自分の中に充満してたんだなって、あらためて思ったよ。道ばたに咲いている花がきれいだって思えることって、お金はないんだけど時間だけはあるっていう──当時の俺みたいなやつの特権でさ。大人になって、仕事が忙しくなって、社長になったりして、タクシーで移動するようになったら、きっと味わえない感覚だよね。その原始的なっていうか、もともとは誰しもが持っててもおかしくない普遍的な感覚っていうのかな。それを音楽にしたかったんだと思う。80年代以降って、考え方も表現方法も関係性も、どんどん複雑になって、シンプルじゃなくなっていったじゃない?そういうのに対するアンチっていう感じもあったかもしれない。『東京』っていうアルバム・タイトルはね、〈東京にはもう何度も 行きましたね〉って歌う歌が、たまたまラジオから流れてきたときに、『あ、これだ!』って。『恋におちたら』の感覚を別の言葉にするとなんになるんだろう?って、ずっと考えてたんだけど、そのときに気づいたんだよね。『恋におちたら』にある感覚、あのキラキラした感じって、自分が思い描いて憧れてた“東京”と同じだって」 こうして、のちに傑作と称されることになる『東京』が完成した。 |
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※7. アルバム『東京』における先行シングル。1995年11月21日リリース。 カップリングは「コーヒーと恋愛」。この作品から小田島等がデザインを担当。 |
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