| DREAM MAGAZINE #8 page3/3 | |||||
| 10年目の『東京』 東京コンサートにまつわるあれこれ |
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| インタビュー/構成:大久保和則 | |||||
| 10年目の『東京』──『東京コンサート』への想い 「去年が『若者たち』を出してからちょうど10年目で、ふと思いついて全曲の弾き語りライヴをしたんだよね。別にそんなに大げさな気持ちじゃなくてさ。そうすることで、特に何かを確かめたいわけでもなくて、たとえるなら、昔住んでた部屋のいまを見に行くような感覚で『若者たち』の全曲を歌ってみた。それは、ただ懐かしいな、ちょっと不思議だなっていう感覚。『東京』の全曲を弾き語りしたのも、まったく同じきっかけからなんだよ。去年は『若者たち』をやったから、今年は『東京』やっとくかぐらいのもんでね」 |
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| そんな「ふとしたきっかけ」で行われたライヴは、本人の中でも、その場にいたファンにとっても、そこで完結するはずのものでしかなかった。それが、こうして『東京コンサート』としてリリースされることになったのには、いくつかの理由が、もちろんある。 「ライヴ中から自分の中でうっとりしちゃっててさ(笑)。かなりリアルに当時の気持ちを思い出せて、そこに入り込んでいけてたんだよね。だから、そんなに上手く演奏ができてたわけじゃないんだけど、なんとなく『この音源を残しておきたいな』って気持ちになって。あと、その日のお客さんから、『すごく良かったです』っていう声をたくさんもらってね。たまたま録音してたこともあったから、最初は何かの特典にしようかなって思ってた。WEBの通販で2枚買ってくれた人にあげるとかね。でもさ、ローズレコードっていうレーベルを運営してる立場で考えると、もしかしたら欲しい人がいるかもしれないものを売らないっていうのは、どうなのかな?って思ってね(笑)。いやいや、冗談じゃなくって。だって、それで生きていってるわけだからね。それが、ちゃんとリリースしようかな、と思った最初のきっかけ」 曽我部の言葉はつづく。 「あとはさ、『ファンの聖域を侵したい』っていう気持ちが、表現者としてやっぱりあった。いまだに昔からのファンにさ、『東京』のことを『私の青春でした!』『一番好きなアルバムです!』って言われるの。ホント、どこに行っても言われるわけ(笑)。それはそれで、もちろんすごくうれしいよ。俺だって、ルー・リード(*8)に会ったら、『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド(*9)のファースト(*10)、ホント最高です!』って言うと思うからさ(笑)。でもやっぱりさ、自分にとっては『東京』も数ある作品のひとつでしかないし、そこにとどまっているわけではもちろんなくて、新しい作品をどんどんつくりつづけていってるわけでさ。ファンの人にとっての『東京』は、真空パックされた想い出なのかもしれないけど、自分にとってはそうじゃない。いまもライヴで歌う曲もたくさんあるしね。またルー・リードの話になるけど、ルー・リードもヴェルヴェット時代の曲をソロになってからも普通にやるじゃない? そういう(過去の作品に対してフラットなスタンスで、なおかつ過去の作品を演奏することで現在進行形の自分を見せる)感じがいいなという気持ちがあった」 最後に語ってくれた『東京コンサート』をリリースする三番目の理由には、当時『東京』を聴いていた同世代へのメッセージが込められている。 「あのころ自分と同じぐらいの歳で『東京』を聴いてた人たちって、もう30代なかばなんだよね。その人たちって、いまはきっと仕事も忙しくてさ、あれだけ通ってたタワーレコードにも行かなくなってさ、気がつけばCDをまったく買ってない、音楽を聴いてないって人も多いんじゃないかなって思う。俺だって、20代のころは、30歳を過ぎたらそうなるんだと思ってたもん。こんなに必死になって聴いてる音楽も、いずれはそうじゃなくなるんだろうなって。親戚のおじさんで、『昔はバンド組んでたんだよ』とか言う人いるじゃない?でも、いまはどう見ても演歌のイメージしかないっていう(笑)。自分も同じで、遅かれ早かれそうなるんだろうなって思ってた。でも、35歳になったいまでも、音楽に対する想いは変わってなくて、相変わらず音楽が大好きで必死こいて聴いてるし、いまだに青春みたいな音楽を作ってるし。だから、あのころ『東京』を聴いてくれた同世代へのメッセージみたいなところはあるよ。俺はまだ音楽をやってるよ、歌を歌ってるよっていう。『東京コンサート』を出すことで、そういう人たちと10年目の再会が果たせたら、すごくうれしいし、また音楽を聴きはじめるきっかけにもなれたら、最高なんだけど」 ジャケットのデザインは、『東京』と同様にデザイナー/イラストレーターの小田島等が手がけた。書き下ろしのイラストを提供したのは、彼女もまた『東京』に心奪われたひとりである、漫画家のやまだないと。ぼんやりと遠くに浮かぶように映る『東京』のジャケットの上に、モノトーンの男女が線を結んでいる。背中合わせのふたりの顔は、少しだけ上を向いている。曽我部は、このジャケットが大好きだと言う。 『東京コンサート』は、こんな“昨日・今日”を経て形になった。そして、その先には、また次の“明日”がつづいていく。 曽我部恵一という人は、そんなふうにして、きっと死ぬまで歌っていくんだろうな、と思う。 ●大久保和則(おおくぼかずのり)/ 編集者・ライター。曽我部と同じく、東京に大いなる憧れを抱いて上京した同い年の地方出身者。 曽我部とは、『東京』がリリースされる直前に出会った。 |
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※8.9. NYアンダーグランド音楽シーンのカリスマ。60年代よりヴェルヴェット・アンダーグラウンドのメンバーとして活動。 ドラッグ、SMなどかつてなかった素材をロック音楽に取り込み、全く新しい反逆の音楽を想像した。70年代以降のソロ活動においても、ノイズやジャズまでも横断するロックンロールを奏で続けている。パンクに与えた影響も多大。 ※10. バナナのジャケットで有名な1967年リリースのデビューアルバム。ロック史上に永遠に残るであろう名盤。 アンディ・ウォーホールがプロデュースとジャケットを手がけた。 |
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